カテゴリー別アーカイブ: 関ヶ原

関ヶ原笹尾山交流館前

OPEN後、たくさんの観光客で賑わっています

前回ご紹介した関ヶ原笹尾山交流館ですが、営業開始から古戦場めぐりの拠点施設
としてたくさんの観光客や歴史愛好家の集いの場となっています。
イベント時にはさらに多くの人で盛り上がりを見せています。

旧小学校の敷地にある交流館の前には、緑豊かな広いグラウンドがあります。
先日、前回に引き続き、弊社㈱じょうげん従業員でボランティア清掃活動を行いました。

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小さなお子様から大人まで、安全に思いきり走り回れるよう、訪れるお客様に気持ち良く利用していただけるよう整備しました。

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さらにゆっくりくつろいでもらえるよう手作りベンチも設置しました(*^。^*)

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史跡めぐりの休憩に、ピクニック気分でおしゃべりしながらお弁当を食べたり、自由にお使いいただけます。澄んだ空気と緑に囲まれゆったりとした時間を過ごせます。
ぜひご家族やお友達と一緒にお越しください。

関ヶ原 笹尾山交流館

 全国の歴史愛好会や観光客が集う!!

関ヶ原合戦で石田三成が本陣を置いた笹尾山にある交流館。
旧関ヶ原北小学校の施設を利用し、観光客が多く訪れる5月~11月まで営業しています。

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今年は5月23日(土)~11月22日(日)までの営業です。
営業開始に向けて㈱じょうげん 従業員で敷地のボランティア清掃活動を行いました。

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従業員はじめ、地元人も ぜひたくさんの人々に関ヶ原を訪れてもらえるよう準備を整えてお待ちしております。

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↑詳細はこちらから

 笹尾山交流館では、実際に甲冑を着用できる「甲冑体験」が人気です。記念撮影はもちろん営業時間中なら時間制限なしに甲冑を着たまま史跡散策に出かけることもできます。甲冑姿の家族連れや歴史愛好家の方たちが毎年散策を楽しんでいます。
また、施設内には地元のお菓子やここでしか買えない限定戦国土産などの販売コーナーもあります。随時さまざまなイベントも開催される予定です。

古戦場の町 『関ヶ原』No.10

大谷吉継陣跡(西軍)

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大谷吉継は、もともと九州の名門・大友氏の家臣の家の出だったが、豊臣秀吉の家臣として厚遇され文武の両方で大きな功績をあげた人物です。
実質的な総大将にして豊臣政権での同僚である石田三成との友人関係もよく知られている吉継ですが、秀吉死後、天下の動きは家康が有利だと見ていたらしく、三成の挙兵計画を聞かされた際に、頑固反対を唱えていました。しかし最終的には、三成の味方となり、西軍として関ヶ原に挑みます。豊臣氏への忠誠心か、三成との友情だったのか共に戦う決心をします。

 IMG_1799   大谷吉継陣跡から見た松尾山                                          大谷吉継陣跡から見た松尾山

戦術にも長け、 陣作りにも力を発揮した吉継は、小早川秀秋が陣取った松尾山と、笹尾山に本陣を敷いた石田三成との間に挟まるような位置で構えます。早い段階から秀秋の裏切りを予想していたため、松尾山の真正面に構え、もしもの時には防波堤になるつもりであったのでしょう。

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最後まで戦い抜いた吉継でしたが、次々と味方の武将も討ち死にし、ついには追い詰められ「自分の首を決して敵に渡してはならない」と言い残し、切腹して果てます。
関ヶ原合戦における忠義の名将として、歴史ファンのみならず昔から根強く庶民から
愛された武将です。
現在”大谷吉継の墓”は吉継の側近”湯淺五助の墓”と一緒にひっそりと建っています。

 

関ヶ原オリジナルカレンダー2015 関ヶ原観光協会より絶賛販売中!!

関ヶ原オリジナルカレンダー販売のお知らせ

早いもので2014年も残すところわずかとなりました。師走の忙しい時期ですが、
1年を振り返り、来年へ向けて気持ちを新たにしていきたいですね。

関ヶ原最大のイベント「関ヶ原合戦祭り」用ポスターを描いている長野剛さんの作品が
好評により、この度 2015年用関ヶ原オリジナルカレンダーとして関ヶ原観光協会より
販売されました。

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販売期間: 2014年12月17日~2015年3月末まで
販売価格: 1,000円(ポスターカレンダー2枚セット)
販売場所: 関ヶ原歴史民俗資料館 ミュージアムショップ

ポスターカレンダーになっているので、見栄えもよく迫力あるタッチのかっこいい作品
になっています。
2枚セットの関ヶ原オリジナルです!(^^)!

数量限定販売なので、なくなり次第終了となるそうです。
ぜひ、お早めにお求めください。

古戦場の町 『関ヶ原』No.9

島津義弘陣跡(西軍)

関ヶ原かるたより

関ヶ原かるたより

笹尾山より南へ800m下った辺り、西軍布陣地のほぼ中央に「島津義弘陣跡」があります。関ヶ原の戦いで島津義弘率いる島津勢は、三成の西軍に属していました。

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小早川が裏切ったのを皮切りに西軍が総崩れとなり敗北、島津勢も包囲されてしまいます。しかし島津勢は敵陣に突っ込んでいくかのよう前進し、敵の大軍の中を突破します。「西軍に島津あり」の勇姿を家康に見せつけるため、義弘は最後の賭けに出ます。
背陣を最強の武器に変えたその決断こそ現代にまで語り継がれる「的中突破」です。

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島津豊久の碑

この「的中突破」により 島津勢は、かなりの数の武士が戦士しました。その中には副将であり義弘の甥にあたる島津豊久もおり、烏頭坂(大垣市)にて義弘を救うべく身代わりとなって討ち死にしました。実子同様に養育してきた義弘にとっては大きな痛手でありました。

その後、島津勢は辛い道のりを経て自国薩摩に帰り着きます。
帰還を果たした義弘公をしのび、鹿児島城下の武士たちが、鎧・兜に身を固め、夜を徹して義弘公の菩提寺である妙円寺を参拝しました。やがて現代でも鹿児島三大行事のひとつ「妙円寺詣り」として受け継がれています。武道大会、ウォークラリーなど年々盛んになっており家族連れなど多くの人出で盛り上がる伝統行事となっています。

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「関ヶ原合戦祭り2014」開催!!

関ヶ原町最大の戦国イベント!

毎年恒例となった「関ヶ原合戦まつり2014」が、10月18日(土)・19(日)の2日間開催されます。全国の戦国ファン、関ヶ原ファン、地元民が一堂に会する交流の場となっており、年々盛り上がりを見せています。

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昨年好評だった歴史作家・桐野作人氏による興味深い講演や、関ヶ原合戦や戦国時代に関連した歌手・アーティストが出演する恒例のライブステージ、全国から参戦した甲冑武者と鉄砲隊ら約130人が繰り広げるパフォーマンスの数々・・・などその他名物イベント!注目イベント!が目白押し。小さいお子様からご家族で1日中楽しめます♪

〈投稿写真大募集〉~戦国の聖地「関ヶ原」を激写せよ!!~

「関ヶ原合戦まつり2014」を題材にしたフォトコンテスト作品を大募集します。
作品は応募者本人が撮影した写真に限ります、関ヶ原合戦祭りイベント内容であれば問いません。是非カメラ持参で遊びに来てくださ~い!(^^)!
豪華賞品を目指してお気に入りを投稿しよう♪

●募集内容はこちらから

 

古戦場の町 『関ヶ原』No.8

月見宮・福島正則陣跡

関ヶ原かるたより

関ヶ原かるたより

 関ヶ原の戦いで東軍の武将「福島正則の陣跡」は春日神社の境内にあります。ここ春日神社から中秋のころ、美濃中山の方角に昇る名月を見ると、大変美しく風情があったことから「月見の宮」とも呼ばれています。
福島正則は、幼少時より秀吉に仕えていましたが、奉行派の三成との確執から関ヶ原の戦いでは進んで家康に加担しました。春日神社に布陣した福島は、開戦後宇喜多隊に襲いかかり奮闘力戦の末に破りました。福島正則の大活躍は、東軍の勝利に大いに役立ったと言われています。

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 境内にそびえたつ「月見の宮大杉」は樹齢800年、樹高25メートル、周囲5.8メートルの巨木で町天然記念物にも指定されています。関ヶ原合戦をつぶさに見てきたであろう生き証人として今も関ヶ原の地を見守っています。

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 この大杉の折れてしまった枝を加工して根付ストラップが作られました。
関ヶ原町歴史民俗資料館にて好評販売中!!
      樹齢800年 月見の宮大杉 根付
     (関ヶ原合戦屏風・家紋のぼり風タグ付き)  1個:1030円(税込)

製造元であるマルセ木材 岩佐さん

製造元であるマルセ木材 岩佐さん

  関ヶ原でしか手に入らない限定品です。関ヶ原を訪れた記念に、お土産に、おすすめです!東西武将たちの思いの宿った、合戦の時代から現代を繋ぐ世界に一つしかない希少価値の高い一品ですよ~(^.^)

 

古戦場の町 『関ヶ原』No.7

松尾山・小早川秀秋陣跡

関ヶ原かるたより

関ヶ原かるたより

 関ヶ原の戦いで、小早川秀秋は、1万5千の兵を率いてここ「松尾山」に布陣していました。西軍に属していた小早川でしたが、東軍・徳川家康と内応していたと言われています。だが、戦いが始まっても西軍・東軍どちらにつこうかずっと悩んでいました。眼下に広がる戦局は西軍が有利に傾きはじめていました。そんな時、見かねた東軍が松尾山に向け発砲、驚いた小早川は東軍に寝返ることを決意。一気に大谷隊を攻め込みました。
この裏切りがターニングポイントとなり、東軍を勝利に導いたと言われています。

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 松尾山は、標高290メートルの低山のため、気軽に歴史トレッキングとして訪れることができます。麓の駐車場からは、約40分で登頂できます。歩きやすい登山道として整備されており、また、所々には幟(のぼり)が建っており、気分も盛り上げてくれます。

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山頂は、古戦場を眼下に見渡せる絶景ポイントとなっています。陣地になっていたことを思わせるさすがの見晴しです。
今の時期、森林浴も兼ねた登山気分で自然の風景を楽しみながら歴史に浸って みるのはいかがでしょうか(*^。^*)♪

古戦場の町 『関ヶ原』No.6

藤古川のホタル

関ヶ原かるたより

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自然が多く、水のきれいな関ヶ原には、ホタルの生息地として知られる場所があります。 

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不破の関の西側を流れる藤古川周辺では、毎年6月中旬ごろになるとゲンジボタルが飛び交います。昔ほど大型のゲンジボタルではなくなり、数も少なくなりましたが、今でも多い時は数百匹のホタルが一斉に光を放ち、見物に訪れた人々を楽しませてくれています。県外からも多くの方が訪れ、知る人ぞ知る穴場スポットとなっています。
幻想的なその光景はとってもロマンチックですよ~(^.^)

 

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近くには、「脇坂安治陣跡」があります。関ヶ原の戦いで西軍に属していた脇坂は、朽木元綱、小川祐忠、赤座直保とともに松尾山麓に布陣。小早川隊に対する備えだったが、戦が始まっても傍観するのみ。ついに小早川隊が寝返ると、脇坂隊をはじめとする4隊も相次いで東軍に寝返りました。これにより、東軍の勝利が決定的になったと言われています。

古戦場の町 『関ヶ原』No.5

戦死者を葬った首塚(東首塚・西首塚)

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関ヶ原合戦においての戦死者は、両軍合わせて8千人とも言われていますが、戦国期の戦場では味方だけでなく敵の戦死者も弔い、供養塚を築くのが当時の習わしでした。

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関ケ原には東首塚西首塚があります。首実検を行った家康が、当時この地の領主であった竹中重門に本合戦で死亡した兵士を埋葬することを命じ、首塚を築きました。
ここ東首塚には「首洗い井戸」も残されており、首実検に先立ちここで井戸水を使って首級の血や土などが洗い落とされました。

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東首塚境内 には、関ヶ原合戦の火蓋を切ったとされる東軍「松平忠吉・井伊直政の陣跡」があります。事実上総大将であった井伊直政は、東軍先鋒であった福島正則から抜け駆け先陣を奪った武将であり、これにより開戦となったと言われています。

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西首塚は国道21号線沿いのわかりやすい場所にあります。
これら歴史の遺構は、近隣住民によって管理され400年以上たった今もきれいに保存されています。

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駅前には気軽に立ち寄れる「街角観光案内所」があり、効率よく史跡を巡るコース紹介や資料を数多く取り揃えています。関ヶ原に詳しいボランティアが情報を提供してくれます。
ぜひご利用ください♪(*^。^*)
                   開所時間:9:00~14:00
                     電話番号:0584-43-5559
                     営業期間:4~11月中旬