月別アーカイブ: 2014年12月

関ヶ原オリジナルカレンダー2015 関ヶ原観光協会より絶賛販売中!!

関ヶ原オリジナルカレンダー販売のお知らせ

早いもので2014年も残すところわずかとなりました。師走の忙しい時期ですが、
1年を振り返り、来年へ向けて気持ちを新たにしていきたいですね。

関ヶ原最大のイベント「関ヶ原合戦祭り」用ポスターを描いている長野剛さんの作品が
好評により、この度 2015年用関ヶ原オリジナルカレンダーとして関ヶ原観光協会より
販売されました。

     IMG_1889

販売期間: 2014年12月17日~2015年3月末まで
販売価格: 1,000円(ポスターカレンダー2枚セット)
販売場所: 関ヶ原歴史民俗資料館 ミュージアムショップ

ポスターカレンダーになっているので、見栄えもよく迫力あるタッチのかっこいい作品
になっています。
2枚セットの関ヶ原オリジナルです!(^^)!

数量限定販売なので、なくなり次第終了となるそうです。
ぜひ、お早めにお求めください。

古戦場の町 『関ヶ原』No.9

島津義弘陣跡(西軍)

関ヶ原かるたより

関ヶ原かるたより

笹尾山より南へ800m下った辺り、西軍布陣地のほぼ中央に「島津義弘陣跡」があります。関ヶ原の戦いで島津義弘率いる島津勢は、三成の西軍に属していました。

IMG_1606    IMG_1608

小早川が裏切ったのを皮切りに西軍が総崩れとなり敗北、島津勢も包囲されてしまいます。しかし島津勢は敵陣に突っ込んでいくかのよう前進し、敵の大軍の中を突破します。「西軍に島津あり」の勇姿を家康に見せつけるため、義弘は最後の賭けに出ます。
背陣を最強の武器に変えたその決断こそ現代にまで語り継がれる「的中突破」です。

IMG_1843

島津豊久の碑

この「的中突破」により 島津勢は、かなりの数の武士が戦士しました。その中には副将であり義弘の甥にあたる島津豊久もおり、烏頭坂(大垣市)にて義弘を救うべく身代わりとなって討ち死にしました。実子同様に養育してきた義弘にとっては大きな痛手でありました。

その後、島津勢は辛い道のりを経て自国薩摩に帰り着きます。
帰還を果たした義弘公をしのび、鹿児島城下の武士たちが、鎧・兜に身を固め、夜を徹して義弘公の菩提寺である妙円寺を参拝しました。やがて現代でも鹿児島三大行事のひとつ「妙円寺詣り」として受け継がれています。武道大会、ウォークラリーなど年々盛んになっており家族連れなど多くの人出で盛り上がる伝統行事となっています。

  DSC01598  DSC01608